
僕は毎日、弟と一緒に歩いて学校に行く。学校までの距離はだいたい二キロくらいだ。その間、弟とよく話をする。その日の弟は自分の夢について熱く語っていた。それは、こういうものだ。
まずお金をたくさん稼ぐ。(そうなるための具体的なプロセスは決まっていない)次にマイブランドを立ち上げ、有名人になる。(これも具体的なプロセスは決まっていない)その後、ニュージーランドに移住し、各地に複数の別荘を建て、愛人を一人ずつ住まわせ、いろんな別荘に行ったり来たりして遊ぶらしい。そして最終的には一夫多妻制の国で暮らし、十人の女をめとるのが目標だと豪語していた。
それにしても、ずいぶんワールドワイドな夢だ。はじめは冗談で言っているのかと思ったが、本人は至って真剣な面持ちで話していたので、弟に呆れるどころか逆に尊敬してしまった。
昔から弟は変わったものが好きだった。音楽にしてもアニメにしても、大半の人が眉をひそめるであろうものを好んだ。けれど食べ物は質の良さを重視していた。安い食べ物にはあまり口を付けなかった。安物は吐き気がする、と何度も愚痴っていた。そんな弟だが、お菓子は例外のようで、スナック菓子やチョコレートなどをよく食べた。基本的に野菜は食べなかった為、必然的に便秘に悩まされていた。
それでも弟は頑なに野菜を食べなかった。
「野菜を食べたら便秘なんてすぐ治るよ」
と僕は弟に言ってみたことがあったが、馬耳東風といった感じで、まるで聞く耳を持たなかった。僕は弟のために言っているのに無視されるのは悲しかった。それは返事を一切しない人形に話しかけるよりも悲しいことに思えた。
とにかく弟は誰の言うことも聞かなかったし、自分の感性や考え方が絶対に正しいと信じて疑わないようだった。だが、はっきり言って根拠はなかった。それでも本人は全く気にしていないみたいだった。もしかしたら物事を理屈で考えない人間は、得てして自信家になりやすいのかもしれない。
弟は女の人への評価がとても厳しかった。顔が可愛くても声が駄目だとか、胸は大きいけれど形が悪いとか、足が細くて綺麗だけれどお尻の肉づきが悪いとか、いろんな欠点を細かく指摘した。そういうお前はどうなんだ、と言ってやりたくなる。
「そういうお前はどうなんだよ」と僕は実際に言ってみた。
けれども弟は動揺することもなく、平然とした態度でこう返した。
「女なんてものは金さえあれば、いくらでも寄ってくる。女に媚びへつらう暇があったら、ガンガン金を稼いだ方が効率的なんだよ。だからオレが変わる必要なんて一切ない。とにかく金があればいいんだ」
ずいぶん極端な考え方をするようになったものだ。でも弟が言っていることは一理ある気がした。
近所に二十代後半のお姉さんと、三十代後半の女性がいるけれど、同じ独身でも明らかな違いがある。二十代後半のお姉さんは、就職している人で相性が合えば結婚を考えているようだが、三十代後半の女性は、職業の種類、具体的な年収、おおよその貯金額などの情報を知りたがる。確か年収七百万円以上ある男でないと結婚は考えられないと言っていた。僕にはそれが多いのか少ないのか、いまいちピンとこないのだけれど、たぶん多いのだろう。
僕は三十代後半の女性のように、お金に執着する考え方がどうも受け入れられない。生活するためにはお金が必要なわけだから、強く欲する気持ちは分かる。でも、お金は毎日生活していけるほどあれば充分だと思う。お金ばかり欲して、いったい何を手に入れたいのだろう? 贅沢な食事? ブランドの服? 高級車? あれは将来への不安の解消? 僕にはその全てがくだらなく思えた。
贅沢な食事なんて慣れてしまえば普通の食事になってしまうし、ブランドの服なんて特に着たいとも思わないし、高級車なんて乗らなくても移動できれば同じことだ。けれど将来への不安は長生きしたい人にとっては切実な問題だ。でも僕はこう思う。長生きする必要があるのだろうか、と。戦国時代は人生五十年と言われていたが、現代は約八十年にまで延びた。僕がお年寄りになる頃には百歳まで生きるのが当たり前になっているかもしれない。孫の成長を見届けたい人にとっては、長生きすることに価値を見出せるだろう。
でも僕は結婚したいと思わないから、必然的に最後は一人になる。年を取り、肉体も衰えていき、誰も身内がいないというのは想像を絶する孤独だと思う。けれども、僕はそれを怖いことだとは思わない。なぜなら、人はいつか死ぬからだ。つまり、どんな孤独感に苛まれようと、いつかは終わるわけだ。僕の場合、長生きすることは、長いあいだ孤独感と闘うことを意味する。だから長生きすることは苦しみでしかないし、くだらないと思ってしまう。結局のところ、みずぼらしく死のうが、劇的に死のうが、穏やかに死のうが、僕にとっては、どれも同じ《死》でしかない。
そのことを一度お母さんに話してみたことがある。お母さんは眉をひそめて僕の話を聞いていた。僕が話し終えると、こう言った。
「アンタは頭がおかしい」
僕の考えを否定するときは決まって甲高い声を発するが、そのときは低く落ち着いた調子でボソッと言った。お母さんが心底呆れているのを嫌というほど肌で感じ取れた。僕はお母さんと分かり合えないことを悟った。広漠とした暗い空間に放り出されたような気分だった。
「アンタはは死ぬことなんて考えずに、ただ一生懸命に勉強すればいい。長生きがどうのこうのと考える必要はないの」
お母さんはそう言ったけれど、いつか死ぬのは絶対に避けられない。だから、《死》を考えないようにすることは、すごく難しいことだと思った。
僕は弟に《死》についてどう思うか聞いてみた。弟はフッと鼻息を吹き出し、バカにするような目で僕を見た。
「まだ十代なのに、もう死にたいの?」
「いや、そんな事はないよ。ただ聞いてみただけ」
「おにいちゃん、どうかしてるよ。オレたちが死ぬのは少なく見積もっても五十年以上先のことだ。考えるのが早すぎる」
「でも、いつかは死ぬ」と僕は反射的に言っていた。
「だからさあ、死ぬことを早い段階で意識して何か良いことでもあるのかよ」
「限られた時間を有効に使おうと思うんじゃないか?」
「そういう生き方って疲れるよ。オレはもっと気楽に生きたいね」
「気楽に生きていたら大金持ちになれないぞ」
弟はつまらなそうに鼻をほじっている。ひどく間抜けな顔だ。
「大金持ちなんて努力しなくてもなれるさ。宝くじが当たればね」
「高額当選する確率が低すぎる」
「でも当たらないわけじゃない」
弟はほじった鼻糞を指でピンとはじいた。
「鼻糞を飛ばすのはやめろ。汚いだろ」
「おにいちゃん、鼻糞くらいで怒ってたら大物になれないぞ」
「どんな理屈だよ」
「オレにしか分からない理屈だよ。世界で、いや、宇宙でオレにしか分からないんだ」
僕は弟が何を言いたいのかよく分からなかった。そもそも弟は誰かに理解してもらう気がないように思えた。
「それは冗談なのか?」
「まぁね」
弟は鼻糞がくっついたであろう壁を見つめている。その顔が妙に凛々しく見えた。
僕はお母さんだけでなく、弟とも分かり合えないことを悟った。同じ環境で育ちながら、ここまで考え方が異なるなんて不思議だ。
でも経験してきたことは微妙に違う。それらの積み重ねが僕ら兄弟の感性や思考を形成したと考えれば、違いが生まれるのも当たり前な気がした。
「あと十年も経てば、話をすることもなくなるかもな」僕がそう言うと、
「悲観的だな」と弟は言って、また鼻をほじりだした。
弟は昔から変わらない。
誰の言うことも聞かないし、自分が正しいと信じているし、たぶんこれからも変わらないのだろう。
でも、それでいいのかもしれない。
弟は死ぬことなんて考えていない。
大金持ちになることや、愛人を別荘に住まわせることや、宝くじが当たることばかり考えている。
それは僕には理解できない生き方だった。
けれど、弟もまた僕のことを理解できないのだろう。
同じ家で育った兄弟なのに、不思議なくらい違う。
それでも今は、こうして同じ道を歩いている。
学校へ続く道中、弟はまたくだらない夢を語り始める。
僕はそれを聞きながら、ゆっくりと歩いた。